「みんなのカフェ」でご一緒した方がいたら嬉しいな。 50代以上、友達ゼロ、日ごろの想いをつぶやきませんか。
お答えくださってありがとうございます。 「友だち」の捉え方は人それぞれですよね。
私だんだん「友だち」に家族のこととか話さなくなってきたんです。悩みを打ち明けることもほぼなくなりました。 ある時期からなんとなく分かり合えなさを感じてしまって。。 こんな風に友だちがいなくなってしまうのでしょうかね。
職場の同僚とは共通する話題を選んで、時々ランチに出かけたりLINEをしたりします。 友だち とはちょっと違うのかな。。
横からすみません。 すごく分かります! 友だちにはだんだんと悩みなどを話せなくなること。 各ご家庭ごとに事情は違うので、話しても分かってもらえないだろうなと。 なので話さなくなりました。 私の場合、夫とかにも話さないし、自分で解決していかなければならないのでしょう。
職場で出会って、これからも仲良くお付き合いしたいなー、って思ったのに退職したらそれっきり。 あー、私の片思いだったんだな。 悲しいけどしかたない。 続いた人は私のことを愚痴の聞き役にしてたみたいだし。そんな人とは少しずつ距離を取りました。
相談しても、性善説みたいな諭され方を笑顔いっぱいでされると、まいっちゃいます。
難しいですね。話している方が、実は、どういう答えを求めているか、最初から自分の中に持ってるといいます。聞いてる方の始めの一歩は、共感なんですけどね。 きちんと聞いてくれない内に、アドバイスを言いはじめたら、早々に話は、切り上げた方がいいかも。大抵、上から目線の言葉になりますから。
共感してもらえたら充分なんですよね。 アドバイスがほしいわけじゃなくって。 聞かされる立場のときは(なんか違うな‥)と思ってもうん、うんと聞いてあげればいいのかな。
悲しいのは、長年の友人にアドバイスどころか、ぜんぶじぶんの話にすり替えられてしまって、(もう何かを打ち明けるのは止そう)と思ったことです。
共感はします。でもそれ以上でもそれ以下でもないです。 アドバイスをするのは、話を聞いている証拠としてすることも。 とにかく変な人間関係を引き当てるというかいびつな人間関係を築く天才みたいな人がいて、 ≒「察してほしい人」+「とにかく話を聞いてほしい雰囲気を漂わせている人」+「粘着質な人」
公私ともに見ていて、そう思いました。
そのような方と一時期付き合いがありました。こちらから少しずつ離れました。
自分の価値観、判断基準を常に振り返り明確にしておかないと、とんでもない人に出会った時、気付けなくなります。 数年前のニュースで、近所の支配的な女性の指示で、自分の子を餓えさせた若い母親がいました。 自分の物指しは、常に持っていなければ、人生を誤ります。
ママ友さんに、一人の友だちをほぼ崇拝してなんでも盲信している方がいました。 崇拝している方の悪口なんで絶対言わない。 片や崇拝されている方は、そのママ友さんの悪口や家庭の事情を第三者に喋りまくっていました。 卒業後もお付き合いは続いたのかしら。
私も崇拝していた人に家庭の悩みを話したら、あっという間に皆さんの前で披露されていました。守秘義務を守れない人です。 二度と相談しないと心に誓いました。崇拝も辞めました。その方、自分の出来のよい息子自慢はされるのに、離婚した娘の事は内緒にされていました。