「みんなのカフェ」でご一緒した方がいたら嬉しいな。 50代以上、友達ゼロ、日ごろの想いをつぶやきませんか。
私も崇拝していた人に家庭の悩みを話したら、あっという間に皆さんの前で披露されていました。守秘義務を守れない人です。 二度と相談しないと心に誓いました。崇拝も辞めました。その方、自分の出来のよい息子自慢はされるのに、離婚した娘の事は内緒にされていました。
信じて崇拝していた方に裏切られてお辛かったですね。 その方ご自身に言いたくないこと・知られたくないことがあるなら、当然人の気持ちもわかるはずなのに酷いです。 悪縁はお断ちになって正解です。この先ひみつさんに素敵な出会いがありますように。
↑50代さんに、です。 失礼いたしました。
友人を崇拝?? そのような事、そもそも間違っていませんか?
間違っているか正しいかはともかく、そのくらい信じてなんでも言いなりになっちゃうこともあるようです。
友人は、同じ立場、同等の存在。 崇拝する相手じゃないと、忘れないで欲しいだけです。
それを忘れると、相手によっては、危険な存在になります。
崇拝って、卑弥呼みたいな…。 カルト宗教を連想します。
先生や上司や先輩とかは「敬愛」 友人は「親愛」 家族には「仁愛」 だと思っています。
敬愛にふさわしい人には、中々出会わないかな? 先輩、後輩というのも、受け入れ難いです。中学の部活辺りから、先輩後輩と言い始めますが、尊敬できない歳上を、先輩と呼ぶ必要はないと、思って大人になりました。
崇拝していたのは、宗教の先輩です。 月に一回、ご自宅で集まりがあってその場で私の話を皆さんに披露されました。 もう、行ってません。
信教の自由が、認められている日本です。何を信じても、その人の自由です。 昔、子育てに悩んだ時、宗教に傾きそうになりました。「自分の頭で考えないで、どうするの?」と、他のこどもに言われ、我に返りました。