みんなで嬉しかったことと、嫌だったことなんでも話し合おう。 自慢でも良い。一日の一言日記みたいに使って良い。 ここでは何を話しても書いてもいいよ♪
この先数十年一緒に暮らすつもりなので、やはり期待は捨てられません。 息子たちを巻き込んでもう少しオトナになってほしいです。 親が倒れて駆けつけるのは当たり前のこと。 家族が傷ついているときに、自分にできる方法でサポートするのも当たり前。 3人の息子たちはそれぞれのパートナーとそのような関係を築いています。今回祖母が倒れた件でも、行ける子は駆けつけて病室で励まし、オロオロする私を助けてくれました。 夫の育った環境のせいなのか、もともとの気質のせいなのかわかりません。でも私の憤りを少しでも理解させたいです。
>夫の育った環境のせいなのか、もともとの気質のせいなのかわかりません。
両方だと思います。 私の夫も似たような感じです。所詮他人だから、そんなものかなと期待していません。 心の距離を取っています。
幸い息子さん達が味方なので、恵まれているのかも(気を悪くされたらすみません) 人は変わりません。
今は心を休めてくださいね
人は、変わりません...には賛成です。 でも、投稿者さんが、変わらないと納得されないと、諦めて別の方策を考えることは、難しいかもしれません。
結婚は我慢辛抱。と言いますが長寿になったので、結婚生活は長くなりました。艱難辛苦、臥薪嘗胆のレベルになったなと思います。
自分自身の大切な人生で、艱難辛苦、臥薪嘗胆の結婚生活を続ける意味ってあるんだろうか? 結局、精神的経済的に自立できなくて離婚できないなら、それはやっぱり自分自身がオトナになれなかったのかと思ってみたり。
私たちの年代や上の世代は、結婚は我慢や忍耐であったかもしれませんね。 今の世代の若い人たちは、わりと簡単に離婚してしまう人が多くなっているような。 自分も今若かったら、ひょっとして離婚を選択してたかも。
女性首相が、誕生したのですから、時代は大きく変化してきています。
子供を産む性だからといって、家に縛られる事は無くなりつつあります。 公園で遊ぶ幼児は、保育園児ばかりなんて、隔世の感があります。 昔は、保育園に預けるなんて、可哀想に!という周囲の見方でした。 女性も、子を産む事も、自分の能力を社会に生かす事も、諦めずに生きて行ける時代です。結婚生活も、自分の生きやすさで、選んでいい時が、やっと訪れました。
ちょうちょが飛んでいるのをみると、うれしい気持ちになります
「察してちゃん」はだめかなと思いました。 「お母さんが倒れて、この先どうなるか、不安だった。だから、あなたにそばにいて優しい言葉をかけてほしかった。 『大丈夫だよ。病院に入ったんだから、治療はしてもらえるよ』とか『老人ホームの人に相談できるよ』」とか。 わざわざ、遊びに行って楽しかったは無神経じゃないの?」と伝えないと、わかりませんよ。 言葉はなくても、わかってくれるはナシです。
たくさんのご意見ありがとうございました。 今週また母の様子見に行きます。 夫のことをそこまで嫌いではないので、折り合いをつけながら距離を縮めようと思います。